私の人生を変えた一枚のレコード

私が出会った一枚のレコードが転機となり、その後の人生を一変させた。その回顧録を綴ってみたいと思う。(三味線回顧録カテゴリ内) もちろんブログですから日々の出来事も書いていきます。

阪神淡路大震災から22年

高橋竹山と竹勇会・津軽三味線のひびき'95

あれから22年も経ってしまったが、真っ先に心配だったのは神戸新開地在住の恩師・高橋栄山、須藤雲栄先生やその生徒さん方の安否だった。幸いにも頑強なマンションだったため無事が確認されたが、私は携帯用コンロのガスボンベ等、先生から要望のあった物をリュックに詰めて現場に向かった。しかし交通は芦屋までだったのでそこから歩いたのだが、途中目にする悲惨な光景にはただただ驚くばかりだった。ちょうどその年の6月には「高橋竹山と竹勇会・津軽三味線のひびき'95」を予定していたのだが、そのポスターを持参して見せた時には、先生方にとても喜んでもらえたのが印象的だった。箪笥も倒れ、桐の三味線ケースも倒れて穴が空いてことが凄まじい揺れたっだことを物語る。何よりもマンションの上階から下を見下ろせば、一面が焼失した家屋の跡。生徒さんも無事だったが、その関係者には焼け出された人もいたようだった。
あらためて犠牲になられた方々のご冥福を心からお祈り致します。合掌

  1. 2017/01/17(火) 11:41:17|
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津軽三味線&津軽民謡珍品シアター

今日は浅草寺そばのアミューズミュージアムへ山本 大さん主催の「津軽三味線&津軽民謡珍品シアターを鑑賞に!
日曜日とあって多くの観光客で賑わっていた。

第一部は、大さんが三味線を弾きながら登場!弁士の語りを聞きながら、ラッパ蓄音機やホーン蓄音機等を駆使して、次から次へと貴重な音源の数々が披露されました。

二部は法螺貝を吹きながらの登場!
津軽三味線の神様と言われた白川軍八郎の初のソロ演奏、髙橋竹山に大きな影響を与えた梅田豊月の伴奏で唄う津軽家スワ子のよされ節、髙橋竹山が本名の定蔵の頃に伴奏した成田雲竹女の旧じょんから節、五十嵐清栄の伴奏で唄う山内たつ、木田林松栄と福士政勝の六段ユニゾンで唄うじょんから節、原田栄二郎、長谷川栄八郎、栄八郎の母で、川山千鳥の小原節、三味線伴奏で唄う成田雲竹のホーハイ節等々、最後は大さんが素晴らしい即興演奏を披露するなど盛り沢山の内容でしたが、一枚毎に針を交換し、ゼンマイを一生懸命に巻く大さん、そしてレコード盤も鉄針も身を削りながら命がけで音を紡ぎ出しているところには感動しました。

また当時はマイクも無くて、演奏者も唄い手も皆ラッパに向かってレコーディングした訳で、今のようにデジタル編集でエフェクトを掛けたりも出来なかったのです。それでもあの素晴らしい演奏と唄なのですから、芸人たちが生活のために、いかに切磋琢磨していたかが窺い知れます。

お客様の中には四代目・長谷川栄八郎先生もおられるなど、かなりのマニアらしき方も見受けられました。大さんはこのような貴重な音源資料を300枚以上も所属されているようですから、残りの音源もまだまだ聴いてみたく、再演を望むところです。
  1. 2016/12/11(日) 23:18:04|
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皮が破れた(^^;;

台風シーズンは皮が破れることが多いが、8月に3回も来た台風のお蔭で見事にやられてしまいました。痛い出費です(^^;;
  1. 2016/08/30(火) 23:45:45|
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新じょんから節を他のバージョンで!

高橋竹山先生の新じょんから節は、三味線以外の楽器でも弾いている方がいて、五線譜や箏譜でも出回っているようです。
変わった取り合わせや、他の楽器で挑戦している方を発見したので紹介します。

新じょんから節を他の楽器で

箏(野坂恵子さんと高橋竹山先生)


叩き三味線と弾き三味線の聴き比べ(山中信人さんと山本竹勇)


ピアノ(生野宏美さん) なかなかいいですね~!


シタール(松岡清隆さん)北海道ツアーで知り合ったのですが、これは珍しいです。


他にもサックスで表現する方も居るのですが、音源がありません。もちろん六段や叩きのじょんから節ならば、6弦ベース、クラッシックやエレキギター、ウクレレやマンドリンでも弾かれています。
箏とはセッションしたことがありますが、こんな方々ともコラボレーションしてみたいですね!






  1. 2016/02/23(火) 07:15:52|
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唄会派とコンサート派

津軽三味線は全国大会等が盛んで若い人たちがギターを抱えるごとく演奏するようになってきました。洋楽のような現代曲も人気があるようですが、元はといえば津軽地方の目の不自由な男盲で、ボサマと呼ばれ蔑まれて来た人たちの門付芸がルーツでありました。津軽三味線は津軽地方の三味線音楽。当時、厳しい風雪の中、家々を一軒一軒門付けしながら、その日の糧を得るためにもらい歩いた、まさに生きるために弾いた三味線音楽なのです。
大正から昭和の初期にかけて、門付け芸人が弾いていた独奏曲の中に「三味線じょんから」「三味線よされ」という曲があり、門付け芸人の中でも「これを弾けなければ門付けする資格なし」とまで言われたそうです。高橋竹山先生はこういう曲を弾きながら北海道へも門付けして歩いたのです。
その後、「小屋掛け」と称した民謡ショーのようなもので「唄会」が人気を博すようになると、唄の伴奏楽器としての演奏が多くなってきて、マイクも無い時代でもあり、唄い手に負けまいと三味線もダイナミックな音が出る太棹を使うようになったのです。この頃の三味線がいわゆる叩き三味線の唄会派です。もちろん竹山先生も民謡一座に所属していたこともあり、唄会での伴奏もこなして来ましたが、特に津軽民謡の名人と言われた成田雲竹翁との出会いから数々の津軽民謡の三味線を創作しました。二人のコンビによって作られた津軽民謡では、りんご節、十三の砂山、鯵ヶ沢甚句、どだればち、願人節、田名部おしまこ、虎丈様、塩釜甚句等が有名です。ここで特筆すべきは、竹山先生の三味線は唄の伴奏であっても、その旋律はあまりにも美しく、唄無しの三味線独奏でも聴く人の心を捉えるには充分だったのです。竹山先生の三味線は民謡の伴奏楽器から世界の民族楽器の一つとして羽ばたかせ、ソロコンサートでの全国公演の地位を築きあげたのです。
  1. 2014/06/11(水) 22:46:46|
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