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私の人生を変えた一枚のレコード

私が出会った一枚のレコードが転機となり、その後の人生を一変させた。その回顧録を綴ってみたいと思う。(三味線回顧録カテゴリ内) もちろんブログですから日々の出来事も書いていきます。

感謝台湾音楽會ツアーその1

ブログの更新もままならず、しばらくぶりの更新となります。
5月10日~13日までの感謝台湾音楽會ツアーの様子を振り返ってみたいと思います。

感謝台湾音楽會ツアーに参加して(その1)

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神戸学生青年センター・ホールで開催された「ばとこいあ」のイベントに招かれて演奏したのは、2010年2月14日、ちょうど大阪に演奏の仕事があったので、「せっかく関西に来たのだから」と、永井ますみさんが声をかけて下さったのだ。永井さんとは東京の詩人イベント「心の温泉」で知り合ってからのお付き合い。「竹勇さんと一緒」というイベントを企画したので演奏に来て欲しい!という。この時、ばとこいあ神戸の皆さんとも初めてお会いし、70年代関西フォークのカリスマと言われた小林隆二郎さん、そして関西若手フォークシンガーの矢谷トモヨシさんとも楽しくコラボレーションをさせていただいた。そして隆二郎さんが台湾の支援についても熱く語ったいたのが印象に残っていた。

隆二郎 矢谷

中川五郎門仲

 この時はさほど気に留めていなかったのだが、私が中川五郎氏とコラボレーションしたこともあって、その後メールでの交流が始まった。マネージャーの千松さんからは隆二郎さんのCDや台湾関係のDVD、そして「ばとこいあ通信」などを送っていただいたことで、隆二郎さんが台湾の人権問題に深く関わり、若い頃に危険を伴う受難者救助もして来たことを知る。すごい人なんだなあ!と興味を持つようになったが、たまたま翌年も大阪に仕事があった関係で、永井さんが神戸芸術センターシューマンホールでのイベント「第2回 竹勇さんと一緒」を企画して呼んで下さった。
その打ち上げ会場で隆二郎さんや矢谷さんと再会し親しく呑み交わすことになる。
 
そして翌月に3・11の東日本大震災が発生。ほとんどのイベントがキャンセルとなり、生徒関係者にも被災者が出るなど、一時レッスンも出来なくなった。私に出来ることと言ったら三味線を弾くことと、大好きな東北の酒を呑むことくらいしかない!それから三味線を抱えて被災地への復興支援コンサートに奔走することになる。
 私は埼玉に住んでいるが、隣の千葉県でも甚大な津波被害が出ていた。若い頃に千葉の被災地近くに住んでいたこともあるので、旭市の避難場所で演奏させていただいたのだが、その時弾いた東北の曲が被災者の方々にたいへん喜んでもらえて、私は逆にパワーをもらって帰って来た。「自分の三味線でも復興の役に立てるならば何処にでも行く!」と決心。関西、中国方面でも復興支援コンサートに呼ばれたり、昨年から今年にかけては殆どが復興支援コンサートやライブだったが、同時に隆二郎さんや矢谷さんも被災地東北への復興支援コンサートに奔走していたのだった。そして9月になって隆二郎さんから感謝台湾音楽會をやりたいので協力して欲しい!というメールが入った。
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竹勇さま

 ご無沙汰しています。

 私は5月と8月に被災地釜石と気仙沼にボランティアで入りました。その時に被災された多くの人たちから被災地へのいち早く高額な義捐金が送られた台湾の人たちへの感謝の言葉を数多くお聞きし8月には「この感謝の気持ちを台湾へ届けたい」との訴えを耳にしました。これは私が台湾へ行く機会が多く、多くの台湾の人たちとお会いすることがあることを友人の被災者から聞いたからでしょう。国は公には中国への配慮?とやらで感謝の言葉も述べていません。

一方台湾では5月に行った時、心から被災地の人たちの事を心配され多くの質問を受けました。そんな中で私は何とか台湾の人たちに感謝と現状をお知らせしたく「ありがとう台湾」音楽祭を企画し、台北市と高雄市で開催したいと思い至りました。そのためにはどうしても被災地東北を伝え知って頂きたいと思っています。東北の音楽と言えば津軽三味線ではないでしょうか。多くの義捐金を送って頂いた台湾の人に、その送り先である東北を感じて頂くためには竹勇さんの津軽三味線しかないと思っています。現在ばとこいあ神戸の有志(千松・矢谷・その他の表現者数人)で自費で行こうと話し合い、現地台湾の友人たちと相談しています。無理なお願いは竹勇さんにも自費のご負担をおかけしなければなりません。当然現地台湾では無料のありがとう音楽祭とし300人前後の会場と動員と機材の支援を台湾側にお願いしています。どうか無理を承知でのお願いです、竹勇さんが参加していただけれは実現可能の方向が見えてきます。ご一考下さいますようおねがいいたします。

小林隆二郎
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 私も台湾に対する政府のやり方にヤキモキしていたので、これは民間交流しかない!と、隆二郎さんの熱い思いに賛同した。それから彼は現地の音楽会場の手配など、台湾とのやりとりをして下さり、当初は11月頃の予定だったのだが、なかなか決まらなかった。私も生活があるので予約のイベントに穴を開けられないし、またレッスンも目いっぱい入っていたので、日程が早く決まらないと調整が取れないので困っていた。結局11月は実行できず、2月になってスポンサーが付いたので行けそうだ!という知らせ。しかしスポンサーが入院ということで、これもキャンセルとなってしまったのだ。もうこれは無理なのかな?と思っていたら、高雄市の政府が後援について大学での音楽會が開けるかもしれない!という嬉しい知らせが舞い込んだ。隆二郎さんは市長とも知り合いだし、台湾人脈ネットワークはスゴイものだと感服する。
 
実際には候補の大学もなかなか決まらずだったが、隆二郎さん他ばとこいあのメンバーは3月の時点で5月10日~13日に行くことを決定。それでも私はギリギリまで待つことにした。4月に入って私はプライベートでヨーロッパベネルクス方面(オランダ、ベルギー、ルクセンブルグ)に旅行中だったが、台湾の件が気になって仕方なかった。ヨーロッパ滞在中に入った吉報が、国立高雄第一科技大学の日本語応用学科で出来る可能性、そして矢谷さんの知人関係の協力で、嘉義でのライブも可能かもしれない!という嬉しい知らせ。とにかく帰国してからでないと航空チケットの予約が出来ないので、旅行先から隆二郎さんとのやり取りが続いた。高雄でのコンサート決定は旅行中の4月19日、そして5月12日の台東ライブも決定したが、まだこの時点で11日の嘉義は未定だった。私は帰国した4月21日にネットで航空券を予約することが出来たので、単独で羽田から高雄まで行くことに決めた。その後、矢谷さんのネットワークを通じた交渉努力で29日になってやっと全日程が決定。ホームページにもPR掲載することが出来た。とにかくギリギリまで折衝が続いていたのだが、それまで現地との折衝を続けていた隆二郎さんと矢谷さんには大変なご苦労があったことと想像する。
 5月に入ると現地からポスターの原稿が送られて来るなど、いよいよ本格的な準備態勢に入って来た。facebookを通じてのネットワークも広がり、台北に住む矢谷さんの友人である、津村葵(あおい)さんが通訳などを全面的にサポートして下さること。また更にネットワークが広がって、台湾に住む人権活動家の方々との交流会が予定され、更には台北に住む三味線愛好家が私との交流会を持ちたいとの話も出てくるなど、近づく台湾行が楽しみになってきた。

その2へ続く
  1. 2012/06/07(木) 22:18:32|
  2. 感謝台湾音楽會レポ
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